次 世代 型 モザ 破壊。 カトリック教会で「子供の性的虐待3000人以上」…狂信と信念の境目 真摯な反省がない世界で起こること

カトリック教会で「子供の性的虐待3000人以上」…狂信と信念の境目 真摯な反省がない世界で起こること

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カトリック教会聖職者による悪行が明るみに出始めたのは、2002年に米国のメディアが大々的に報道して以降ここ20年ほどのことにしか過ぎないが、過去の卑劣な行為が次々と明らかになっている。 また、仏教の影響を受けたともいわれる(アフガニスタンのカンダハルにあるアショーカ王の碑文にはジーザスが話したとされるアラム語も記載されており、文化的な交流はあったものと推察される)シーザスの教えの中心部分は「人間は神の基にすべて平等である」である。 一般的にも性犯罪者の再犯率は高く、特定の前歴者にGPSの取り付けを義務付ける制度がある国は米国(半分以上の州)、韓国、英国、フランス、ドイツ、カナダ、スウェーデンなどがあり、日本でも導入の是非が議論されている。 しかし、先進国で糾弾され居場所が無くなった卑劣な聖職者たちが、告発が行われていない発展途上国で「聖職者」を続けているとの話も伝え聞く。 成人するまでに色々な宗教のことを学んで、判断能力が備わった大人になってから、「自分自身の意思で自分の信仰を決めるべき」であると思う。 まだ判断能力が無い子供時代に、1つの考えだけを押し付けて洗脳してしまうなどと言うのは許しがたいことだ。

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司教の要請に応じて設置された調査委員会だから、被害を少なく見積もることはあっても、多く見積もることはないであろう。 「神のブローカー」は偉くない ブッダの生前および死後間もなくの時期、天竺五精舎(5寺院)が存在し、自身が説法を行った祇園精舎(平家物語にも登場)はあまりにも有名だ。 カトリックの「懺悔」というシステムも笑止千万だ。 彼が強く主張する宗教の問題の1つに「親が子供に特定の宗教を強制する」ことがある。 産めよ増やせよ政策のおかげ ユダヤ教もそうだが、この宗教がルーツとなっているキリスト教(カトリック)なども「産めよ増やせよ」戦略をとっている。

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このような事件が起こっていたのは、孤児院や学校、神学校など司祭や修道者あるいは施設関係者と子供たちが共同生活を送る施設であることが多かったとのことだ。 人間である聖職者が特別偉いとは言っていないし、そもそも聖職者なる存在さえ想定していなかったはずだ。 子供には子供の独立した人格が存在する。 しかし、か弱い子供たちに与えられた卑劣な性的虐待は「死」を上回る苦痛かもしれないし、死ぬまでその傷に苦しむことになる。 卑劣な行為を行った聖職者がGPSをつけずに海外にわたり、野放しにされているとしたら大問題だ。 外部サイト. カトリック教会は、まず、このような問題に自ら対処すべきではないであろうか? もっとも、密室で一緒にいることが当たり前の聖職者と信徒では、GPSそのものの意味が無いのかもしれないが…… 反省しないことが再発の原因 カトリック教会の様々な問題点は12月13日の記事「ローマ教皇に言いたい、バチカンこそが難民を受けいれるべきです!」で詳しく述べたが、根本的な問題は、自らの過ちを真摯に反省せず「おまゆう発言」を繰り返していることにある。 ところが、ローマのバチカンは敬虔な信徒の寄付による資金を使って集めた金銀財宝であふれ、法皇は豪華絢爛な衣装をまとって信者の前でふんぞり返っている。

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これは親によるとんでもない横暴であると述べるが、私も全く同感である。 か弱い子供たちに、耐えがたい苦痛を与えた聖職者には、米国だけではなく、アイルランド、メキシコ、オーストリアなどで訴訟が起きている。 なぜ悲劇が繰り返されるのか? 6月18日 のAFPのニュース報道によれば、フランスのカトリック教会で1950年以降、少なくとも3000人の子どもたちが性的虐待の被害を受けたとする推計結果が、17日に司教らの要請に応じて設立された調査委員会から公表された。 信徒に「懺悔」させるのに自称聖職者たちは、神をも恐れぬ行為を平気で働いている。 それに対して「日本教」とでもいうべき緩やかな宗教観が「悲劇を未然に防いでいる」ことは、前述の「コロナ、暴動に満ちた今こそ『苦しいときの神頼み』の効用を見直そう」記事中で詳しく述べた。 反論の余地がないのだ。

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そのためにはどうすれば良いのであろうか? 親が子供に信仰を強制するのは間違い 著書「利己的な遺伝子」で「人間を含めた生物は遺伝子の単なる乗り物に過ぎない」という新しい生命観を主張し、世界中の人々の度肝を抜いたリチャード・ドーキンスは、「神は妄想である 宗教との決別」という著書も出版した世界的に有名な無神論者である。 要するに、家族の信仰が異なっているせいで問題が起こるのなら、そもそも宗教とは「人間を不幸に陥れる存在」ということになってしまうのだ。 しかし、ジーザス(イエス・キリスト)は教会をつくって布教しなさいなどということは一言も言っていない。 いったいどれほどの被害が広がっているのか、考えるだけでも恐ろしい。 先進国では幸いにして、20年ほど前から卑劣な行為が公になり、今後の被害の拡大が少しは抑制されるであろう(期待する……)。 自らの悪行に対して素知らぬ顔をしているのに、他人に対してはあれこれ注文を付けるようなことをすれば、組織が腐敗するのは必然だ。 したがって、寺院を通じて教えを広めるというのは、ブッダ自身の考えであったとも言える。

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もしかしたら、子供たちが「懺悔」した内容を口封じの道具に使っていたのではないかとも考えられる。 。 特に一神教では、「異教徒」は原則的に排斥すべき存在だ。 もしも彼らが主張するように神が存在するのなら(私の宗教観は6月10日の記事「コロナ、暴動に満ちた今こそ『苦しいときの神頼み』の効用を見直そう」を参照)、ぜひ天罰も与えてほしいものである。 最近、「黒人の命は大事だ」ということが叫ばれているが、もちろん日本人などの有色人種や白人を含む「非黒人」や、人種を問わず一般市民の安全を命がけで(特に米国の場合は……)守る警官の命も大事だ。 photo by Gettyimages カトリック教会の聖職者による児童への性的虐待は、もしかしたら、カトリック教会設立以来一千数百年以上も続けられてきたのかもしれないが、事の性質やこれまでカトリック教会が絶大な力を振るってきたことから、歴史の闇に葬られた形だ。 例えばカトリック(キリスト教)では、生まれてすぐに「洗礼」を行って本人の意思とは無関係に信者にしてしまう。

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かつては、欧州の植民地主義の先兵として、世界中に広がったカトリック(日本は賢明にも鎖国によってその難から逃れた……)だが、現在、植民地主義は姿を消しつつある。 実際、「ローマカトリック」という名前が示す通り、ローマ帝国の権力と結びついて、死後数百年経ってから生まれたカトリック教会は、ジーザスの意思とは全く関係がないと言ってよいであろう。 一体総数で何名になるのかわからない子供たちの心の痛みを考えると、いたたまれない。 ユダヤ教が同性愛を嫌い、カトリック(キリスト教)にもその伝統が受け継がれたのは、同性愛では子供を生むことができず、次世代の信者が減少するということによる部分が大きいと考えられる。 実際の被害者数は、これよりはるかに多い可能性があるという。

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